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平成23年 各町内の外題見返し解説

( 1)相染町
( 2)壱騎町二区
( 3)小鴨町
( 5)古川町
( 6)統前旭町二区
( 7)統前旭町三区
( 8)統前旭町一区
(10)本山町
(11)清水町二区
(12)幕洗川二区
(13)将軍野二区
(15)将軍野一区
(16)将軍野四区
(17)将軍野五区
(18)若松町
(20)上酒田町
(21)愛宕町
(22)南幕洗川
(23)穀保町
(置)土崎神明社青年会

※号車番号の「4」「9」は欠蕃となってます。
※(置)=置き曳山


①第1号車 相染町(あいそめまち)
外題:激闘金ヶ崎 希む功名煌めく一番槍
解説:元亀元年、信長は朝倉氏を攻め、敦賀の金ヶ崎城が。粛々とした撤退は一発の銃声により一瞬にして合戦へとなる。山内一豊は、朝倉随一の強弓の使い手三段崎勘右衛門を頬を矢で貫かれたまま討ち取り、その家臣祖父江信一郎が首を刎ねた“一番槍である“。朝倉攻めにおいて功名をあげた山内一豊は、近江唐国を得る。
見返し:厄災に 睨みを訊かせる 武者人形
委員長:泉正人氏
土崎港演芸大会 特別賞
※「祭りのしおり」の解説、1行目下段の「金ヶ崎城が落成」とあるのは「落城」の誤りでは?
ここでは「落城」としておきます。


②第2号車 壹騎町二区
外題:酒井の太鼓 猛打弩壜(どどん)と 天を衝く
解説:元亀3年12月、三方ケ原において武田信玄に大敗を喫した徳川家康は、命からがら浜松城に逃げ帰るも、武田軍は追撃の手を緩めず城門に迫る。この時、瓶をも貫く愛槍「瓶通し」で名高き徳川四天王の一人酒井忠次は、四散した味方を寄せる太鼓を打ち鳴らす。渾身の力を込めた大太鼓に味方は奮い立ち、敵は退散し、徳川の窮地を救う。
見返し:もうアカン(菅) あなた自身(地震)が 想定外
見返しコンクール 優秀賞
委員長:釜田猛氏


③第3号車 小鴨町
外題:怒濤の急襲 知略で内海を制す
解説:毛利元就が中国地方を制覇する為に、大内氏の実権を握った陶晴賢と対立するに至った。1555年の秋、陶晴賢の軍勢2万に対して毛利方4千足らず、2万の大軍を狭い厳島におびき寄せ、元就ら主力軍は島の背後から、小早川水軍率いる小早川隆景は正面から一斉に奇襲を仕掛けた。狭い島内での大軍は進退できず混乱に陥り陶軍は総崩れとなり、全滅した。
見返し:節電で 夏の夜長は 少子化対策
委員長:浜田宏氏


④第5号車 古川町
外題:六文銭 家康本陣 決死の突撃
解説:真田幸村の名を世に知らしめた、大阪冬の陣、夏の陣。幸村は豊臣方として参戦した。夏の陣で幸村は、主だった武将が戦死していく中、玉砕覚悟で家康の本陣に突撃をかける。突撃は失敗に終わったが、家康までもう少しというところまで迫った。幸村は善戦むなしく戦死したが、その姿は「日本一の兵」と称された。
見返し:総選挙 盛り上がるのは AKB
委員長:石川信彦氏


⑤第6号車 統前旭町二区
外題:神風怒濤 阿波の心魂
解説:天正10年8月、四国統一を狙う長宗我部元親が2万余の大軍を率い十河存保軍7千と中富川で激突、大軍に押され十河軍は勝瑞城に退き、長宗我部軍も長期戦の構えに入った。9月5日に暴風雨が来襲、一面の洪水に包囲網が破れたのを見た土佐泊城主森志摩守はこれぞ神風と小船を繰出し怒濤の反撃、大軍を退けた。阿波最大の決戦。
見返し:復興を 願う湊の 音頭上げ(応援歌)
見返しコンクール 優秀賞
委員長:佐藤広行氏


⑥第7号車 統前旭町三区
外題:唸る強弓 無双の鹿季
解説:「応永の頃、松前の征荻、大起動乱し官物を掠めて止まず、関東諸国兵乱により防ぐ人なし。よって、盛季・鹿季兄弟夷賊を誅し大いに功あり。」と久保田藩士湊家文書にある。鹿季は大力強弓のつわものと伝えられ、その矢竹は竹笛ほど、根は鑿より大きかったと言う。鹿季は湊安東の祖、湊土崎の礎を築いた先人である。
見返し:政界の 渦に呑まるる 北の郷土(くに)
委員長:金森一彦氏
※経済同友会発行「港曳山祭りのしおり」に掲載されている外題に誤字があり、訂正となっています。
「無想の鹿季」は「無双の鹿季」の誤りです。


⑦第8号車 統前旭町一区
外題:正義貫く 怒りの鉄弓
解説:筑紫の国司、大弓使いの百合若が蒙古討伐の帰り家来の別府兄弟の企てで、孤島に一人取り残された。兄弟は百合若が死んだと偽り、国司の座に就いた。数年後、弓引きの大会が行われ百合若の鉄の強弓が飾られるが、引ける者はいなかった。そこへ大男が現れ「やぁやぁ、我こそは百合若である」と大声を張り上げ、狙いを兄弟に定め積年の怨みを晴らす一矢を放ったのである。
見返し:この夏は 揃いの浴衣が 超クール
委員長:幸野谷徳氏
※経済同友会発行「港曳山祭りのしおり」に掲載されている外題に誤りがあり、訂正となっています。
「附けたり通り囃子」はこの場合(しおりなどでの外題掲載など)表記しないのが通常です。


⑧第10号車 本山町
外題:戦雲烈破 菊花の剛力
解説:鎌倉時代後期、後醍醐天皇は密かに幕府を倒す計画を練っていた。しかし事前に露見し、元弘元年に天皇は三種の神器を持ち奈良の笠置寺に逃げ込んだ。この戦いで怪力の僧・本性坊は大岩を投げつけ幕府の大軍を蹴散らし、弓の名手・足助重範は数多くの兵士を討ち取った。しかし多勢に無勢、天皇は捕えられ隠岐へと流された。
見返し:節電だ!オヤジ出番だ ヤガン頭
委員長:石山亮氏


⑨第11号車 清水町二区
外題:乾坤一擲 東天を照らす
解説:慶長5年(1600年)9月15日、戦国時代を終結させる関ヶ原の戦いが勃発。秀吉死後の豊臣家内部対立による徳川家康(東軍)と石田三成(西軍)が天下を分ける。東軍勇将、黒田長政が率いる天下無双の槍遣い、後藤又兵衛が三成本陣の同じく剛槍、大橋掃部を破る。後、東軍が勝利し、時代は太平の世へと移っていく。
見返し:ダメダメと 省エネ買い替え 強いられる
委員長:宇佐美覚氏
※経済同友会発行「港曳山祭りのしおり」に掲載されている解説に誤字がありました。
4行目下段「光成本陣」は「三成本陣」だと思われます。


⑩第12号車 幕洗川二区
外題:哮り立つ 戦翳峻烈 千早ノ奇戦(たけりたつ せんかしゅんれつ ちはやのきせん)
解説:鎌倉幕府の打倒を決意した後醍醐天皇は諸勢力に決起を呼び掛けた。一早く応じた楠木正成は1333年千早城の攻防戦に於いて幕府軍を相手に朝霧の中、藁人形を侍に見立て敵をおびき寄せ大石を投下するなど奇策を駆使し数十倍の敵を翻弄する。後に足利尊氏や新田義貞が倒幕の旗を揚げ時代は鎌倉幕府の終焉へと向かった。
見返し:復興へ 届けジョヤサの 港魂(みなとだま)
委員長:半田廣志氏


⑪第13号車 将軍野二区
外題:夢幻泡影 飲涙乃一閃
解説:一ノ谷の合戦、熊谷直実が一騎打ちを挑んだ相手が、亡くした我が子と同年代の若武者であるのに気づき、一瞬逃そうとするが背後に味方の手勢が迫る中、同じことならば我が手でと、泣く泣くその首を切る。若武者の名は、笛の名手であった平敦盛である。後に直実は出家を決意して、世を儚むようになる。
見返し:港衆 狼煙合図で 復興祈願!
委員長:熊谷宣夫氏
土崎港演芸大会 優秀賞


⑫第15号車 将軍野一区
外題:双璧の武将 雌雄を決す 北ノ庄
解説:天正11年(1583年)4月24日、賤ヶ岳の合戦に敗れ、居城北ノ庄に戻った柴田勝家、秀吉の命を承けた前田利家率いる将兵の攻撃をうけ、自らも反撃し壮烈なる激闘を交わすも、兵次第に減じ敗戦とみるや、お市の方及び三人の娘に脱出を勧める。お市の方、三人の娘を秀吉に委ね、自らは拒否し一族の子女共々勝家と炎上する天守閣の中で自害する。勝家の一類悉く亡び秀吉天下人と成る。
見返し:この夏は アンペア下げて 音を上げる
委員長:石井實氏


⑬第16号車 将軍野四区
外題:桜花鳴動 剣士戦慄く(わななく) 大力無双
解説:春、桜花の盛り、浅草観世音境内が大勢の人で賑わう中、6・70名が真昼間の盛り場で華やかに斬り合おうとしていた。そこに通りかかった釣鐘弥左衛門、ふんどし一丁の裸になり、そばにあった大釣鐘を頭上に差し上げ浪人組に投げ入れ仲裁を申し入れた。その颯爽たる男ぶりに民衆は溜飲を下げ、浪人組は仲裁を受け入れ大修羅場は平和に治まったのである。
見返し:揺れ動く 政治にひなん ポポポポーン
委員長:浅利信雄氏
※「祭りのしおり」と「神明社」HPの外題が異なっております。どちらが正しいのでしょう?
「剣士戦慄く(わななく)」(しおり)「剣士慄く(おののく)」(神明社)。
どちらも同じ意味かと思いますが…ここでは「戦慄く」にしておきます。


⑭第17号車 将軍野五区
外題:波濤壇ノ浦 鬼神乃剛刀
解説:寿永4年、源義経は船八百艘を率いて壇ノ浦を攻め立てた。平家随一の猛将と謳われた平教経は退勢の中、大将を討つべく義経の船に迫るが、八艘飛びで躱される。潮流が源氏優位に変わった頃、教経はこれまでと覚悟し、強力で知られる安芸太郎を脇に抱え、海に飛び込み壮絶な最後を遂げる。ここに平家は滅亡した。
見返し:支援の輪 タスキを繋ぎ いざ復興
委員長:藤原義人氏


⑮第18号車 若松町
外題:平家の落陽 知将の血涙
解説:歌舞伎・義経千本桜のうち「碇知盛」。
兄頼朝に追われ九州に落ちようとする源義経が、立ち寄った摂津国大物浦の船宿の主人は壇ノ浦で滅んだはずの平家の知将平知盛。知盛は計略を巡らせて義経を討とうとするが露見し、義経に破れる。安徳帝を義経に託した知盛は碇綱を体に巻き付け入水し壮絶な最後を遂げる。
見返し:節電の 闇夜を灯す 戻り曳山
見返しコンクール 最優秀賞
委員長:仙北屋一紀氏
土崎港演芸大会 最優秀賞
※「祭りのしおり」の解説ですが、5行目「露見し、義経に破られる」は「破れる」が正解じゃないでしょうか?
後ほど確認します。


⑯第20号車 上酒田町
外題:海の覇者 安東水軍 湊の勝ち鬨
解説:仁賀保冶重を叔父に持つ羽黒山の使僧智賢坊にそそのかされ、衣の下に太刀を隠し帯びた僧兵5百余人。70を超える軍船に分乗土崎の湊へ。迎え討つ安東軍総大将は脇本城主秋田脩季。男鹿の岩倉左近の軍勢が矢を射かけ敵船になだれ込む。海上の戦いに慣れぬ羽黒方山法師たちは総崩れ、溺死する者多数。哀れ海底の藻屑と化す。
見返し:大震災 政府もカンも メルトダウン
委員長:高橋祐二氏


⑰第21号車 愛宕町
外題:双刀電撃鍵屋の辻
解説:渡辺数馬は兄の仇、河合又五郎を討つため義兄の荒木又右衛門に助太刀を依頼する。寛永11年(1634年)11月7日朝、鍵屋の辻を通行する又五郎一行に数馬、又右衛門らが切り込み決闘が始まる。又右衛門は馬上の河合甚左衛門の足を薙ぎ、返す刀で甚左衛門を斬り即死させ、数馬は又五郎と数時間に及ぶ決闘の末、又五郎を討ち果たした。
見返し:湊町 復興願い 希綱(絆)曳く
委員長:石川元氏


⑱第22号車 南幕洗川
外題:豪傑 鬼真壁霞流金撮棒
解説:元亀3年(1572年)、佐竹義重勢は関東制圧を目論む北条氏政勢2万の大軍と対峙した。深夜、鬼怒川を渡河した鬼真壁こと真壁暗夜軒は早朝、先陣を切って周囲8寸、長さ10尺、鉄鋲を打ち込んだ赤樫の金撮棒を振り回し、人馬もろとも薙ぎ倒し、勇猛果敢に敵陣へ突進した。その活躍により4倍の兵力をもつ北条勢の北進を阻止した。
見返し:節電で 暗闇照らす 祭りの灯
委員長:富樫清氏


⑲第23号車:穀保町
外題:入道烈なり 難波の忠魂
解説:出羽の亀田城主三好清海入道と弟の伊三入道は、落城後真田幸村と主従を結ぶ。時は元和元年難波夏合戦。幸村の命により火薬2表で徳川父子の命を狙うがこれを果たせず清海は馬上切腹、その刀で首を掻き落とした。伊三は「落ち行けば地獄の釜を踏み破り阿呆羅刹に事を欠かさん」と辞世を叫び大刀をくわえ真っ逆さまに落馬し奮戦死を遂げた。「真田三代記」
見返し:復興のエールよ届け寄せ囃子(祝港囃子保存会30周年)
委員長:鎌田良悦氏


-置き山 神明社青年会
外題:推参なり黒田長政 義将三成最期の奉公
見返し:復興の 願いをのせて 北前船
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  • Author:つぶやき駅長(自称)
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